年明け早々、ニュースやSNSを賑わせている「退職代行サービス」。
休暇明けの6日には過去最高の依頼件数を記録した企業もあるとのこと。
「言いにくいことを代わりに伝えてもらう」
便利さの裏側で、私たちが失いつつあるものについて、今日は少し深く考えてみたいと思います。
「代行」に潜む法的・社会的なリスク
退職代行には常に「紛争」という爆弾が隠れています。
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非弁行為の境界線: 企業側との交渉(給与支払いや有休消化の交渉など)に踏み込めば、それは弁護士法に抵触するリスクを孕みます。
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損害賠償の可能性: 代行者を通じて一方的に告げ、引継ぎを怠れば、企業から損害賠償を請求されるケースもゼロではありません。 何より、突然の第三者からの連絡は、企業側との関係を決定的に悪化させます。その後のリスクを負うのは、他ならぬ自分自身なのです。
罵声とセクハラに耐えた過去。それでも私が「代行」を使わなかった理由
実は私も、10年ほど前に退職時の辛い経験をしています。
体調を崩した際、上司から「病歴を隠して働いていたのか!」と罵声を浴びせられたり、在職中にセクハラ紛いの行為を受けたり……。
今思えば、代行サービスに縋りたくなるような環境でした。
退職を切り出す時の胃がキリキリするような憂鬱、同僚の冷ややかな視線への恐怖。
それは痛いほどよく分かります。
しかし、それでも私は自分の足で歩み、自分の言葉で区切りをつけました。
後片付けは自分でする。
労働者として、社会に出た大人として。
どんなに嫌な場所であっても、最後は自分の手で幕を引く。
それが「自分自身への誇り」を守る唯一の方法だと感じたからです。
便利な時代が、人の「心」を退化させていないか
ネット一つで仕事が見つかり、嫌ならブロックすればいい。
そんな希薄な繋がりが当たり前になった今、人間関係を構築し、維持する重みが軽んじられている気がしてなりません。
手軽さは便利ですが、逃げることを賞賛する風潮は、人を退化させてしまうのではないでしょうか。
私自身、こうして文字にして発信することで、自分もまた便利さに甘えすぎていないか、常に自戒しています。
「立つ鳥跡を濁さず」
それは古い言葉かもしれませんが、人との繋がりを大切にするビジネスの世界では、今でも最も価値のある「去り際」の美学です。
どんなに困難な対話であっても、そこから逃げずに誠実に向き合う。
リリー行政書士事務所は、そんなあなたの誠実な一歩を法務とマインドの両面から支えるパートナーでありたいと願っています。

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