突然だが、私は中卒である。
当ホームページ「代表挨拶」をご覧になった方は察していたかもしれない。
大検は取得しているが、あくまで大学受験してもいいですよという資格があるだけで最終学歴は中学校卒業なのだ。
舞台関係の専門学校には行ったことはあるが中途退学となり、そう、紛れもない中卒なのだ。
特に隠してもいないし、それは変えられない事実なので自ら率先して言うことはないが聞かれれば答えるというスタンスである。
今こうして事務所を持っていることも相まってなのか、「高校はどこですか?」などの話になると驚かれることが多い。
「エリート街道を来てるのかと思っていた」などと言われることもあった。
なんてことない。
中卒である。
そうなった経緯としては、中学2年生の途中から不登校になったことである。
些細な事が引き金となり、とてもセンシティブだった当時の私は、幼い頃からの積もり積もった見ないようにしてきた泥水が一気に溢れ出してしまった。
メンタルを病んでしまったのだ。
ダム決壊が如く、それはもう見事なほどに。
通常大多数の人間が通るレールから完全に外れた瞬間である。
今ではメンタルヘルスに関して周知される機会が増えたため、いろんな生き方あるよね~で励まされるくらいに認知はされているが、当時はあまり他人に言わない方がいいという雰囲気があったのだ。
中学2年の夏休み明けから1年半の間、中学校に行くことはなかった。
中学は卒業したものの15歳になり、とりあえず高卒くらいの資格は持っていた方がいいという両親の勧めもあり、大検を受けることにした。
通信制の学校に通い、レーザーディスクを使用して自習していた。
無事に16歳の時に大検を合格する。
その時行きたい専門学校があったが18歳になってからでなければ入学できないため、療養を兼ね家で過ごしていた。
ただ、入学後もメンタルが完治した訳ではなかったため、すぐに中途退学となったのだ。
その後他の学校や大学に行くこともせず、結果、最終学歴中学卒業という実に名誉あるステータスを手に入れた。
それから、数年後。
そこそこ割愛するが、20歳を過ぎ、きちんとした就職もせずのらりくらりと過ごしていた時に起きた東日本大震災。
あれは一つのきっかけだったかもしれない。
当時仙台で一人暮らしをしていた私は、父親から何か資格を取ってみたら?宅建とかどう?と勧められた。
もしかして、これを取れば父親から認めてもらえるのではないか!という下心丸出しで宅建を勉強し始めたのだ。
時間もあり、どうやら性に合っていたようでクイズを解く感覚で勉強を進めていった。
勉強がとても楽しかった。朝から晩までやっていた。
選択肢を見て何を問われているかまで分かるようになっていた。
半年の勉強の末、無事に一発合格。
その後、意気揚々といわきに戻ってきて、この資格があれば無敵だろ!というウキウキした気持ちを胸に、地元の工務店や不動産屋に勤めることにした。
そこで一つの問題が出てきた。
基本的に独りでいたい。喋りが苦手な上に独りで黙々と作業しているのが好きな人間である。
勤め、その上営業職など続く訳がないのだ。
自分なりに努力をし、数回、不動産営業に挑戦してみたもののすべての会社で長くは続かなかった。
最後に勤めていた不動産会社は逆に1年半と持った方だ。
自分を褒めてやりたい。
夏に退職後、あれ?試験までまだ2ヶ月も時間があるじゃないか!とりあえず取っとくか!と思い、行政書士試験を受験することを決めた。
今一生懸命勉強している方や本当に苦労して行政書士になった方には怒られてしまうかもしれないが、本当にそのノリだった。
というのも、受験する数年前から司法書士の勉強をしていたため、被っている教科がいくつかあり多少知識の更新は出来ていた自負はあったからだ。
司法書士とは違う、行政書士独特の問題の文体やニュアンスになれるのに苦労はしたが。
ただ、私はやると決めたらとことんやるがモットーである。
毎日午前3時に起きて4時から16時まで。
夕方1時間ほど食事などの休憩を挟み、その後また耐え切れないほど眠くなるまでひたすら勉強。
それを2ヶ月半続けた。
毎週金曜日の夜にあるICT教室には休まず出席した。教室帰りは21時を過ぎる。
寝る時間がどんなに遅くなろうと午前3時には起きていた。
週末だろうと祝日だろうと関係なかった。その間大好きなバイクには一切乗らなかった。
苦痛は一切感じなかった。勉強が楽しかったのである。
何度か経験のある感覚だが、ああいう時、自分を自分で追いつめて行く中でとんでもない量の脳汁いわばエンドルフィンが分泌されていると思う。
楽しい反面、やっていないと不安。
1秒の時間があったら問題を解きたい。あぁ、この数秒がもったいない。
一種の強迫観念もあったかもしれない。
そんな日々を過ごし受験当日。
私は野生の熊と路上でナイフを振り回す暴漢を絶対に許さないと誓った。(※令和4年度の試験問題を参照)
合格発表の日。
自己採点をした上で多分記述の採点で意地悪されない限り大丈夫だろうとは思っていたが、予想通り無事に一発合格していた。
それでも番号を見た時は手が震えた。
すぐに両親とボスに合格した旨をメッセージで伝えた。
ボスからは電話がかかってきた。「おめでとう」と。
私よりも、おそらく父親とボスの方が喜んでくれていたと思う。
その後、司法書士試験が終わったタイミングで、ボスと協力して事務所を改装をし、登録・開業にまでこぎつけた。
同じ勉強スケジュールで挑んだ司法書士に関しては今回も落ちたことは言うまでもない。
今思う事は。
行政書士という資格を手に入れて事務所を開けたことは、私にとってはやっとマイナスから這い上がって辛うじて人間になれたのではくらいの感覚である。
まだ過去のすべてをペイしてスタート地点に立てたとは思っていない。
通常のルートを歩んできた同年代と同じ場所に立てているとは微塵にも思えない。
自分の存在は、家族や親族にとって最大の恥で唯一の落ちこぼれだと思ったこともある。
それほど自分の中で引きずっているものが多いのだ。
正直、事務所の改装が進んで行く中で、とんでもない恐怖が押し寄せてきた事がある。
本当にうまくやれるのだろうか。また私は途中で挫折してしまうのではないか。
あまりの不安に押しつぶされそうになり、夜泣きそうになった事もある。
それでも一つ一つ不安や恐怖を昇華させ、今、腹を括り、覚悟を決めた。
絶対にブレないと。何が何でも私はこれでやっていくのだと。
そして、開業を祝ってくれた方や応援してくれた方たちの為にも、絶対にこの事務所をつぶさないと誓っている。
取り留めのない長い話をここまで読んでくれた方にも、感謝を申し上げたい。
こんな人間ではあるが、その分、他人の痛みや嫌なこと、望みに関しては人一倍受容できると思っている。
行政書士は私自身が変わるきっかけを与えてくれた資格だ。
誠心誠意、お客様や行政書士という仕事に向き合っていく所存である。
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